| YouTube Links | 日テレNEWS | 2026-01-17 19:07:35 | 3766 | 0 | 36 |
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アラブ首長国連邦(=UAE)のムハンマド大統領が2月に、国賓として来日します。実は皇室とUAEには、浅からぬ交流の歴史があります。31年前の天皇皇后両陛下のUAE訪問は震災の直後。災害と向き合い被災者に心を寄せる“出発点”でもありました。
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https://news.ntv.co.jp/category/society/b3a1067f20694da2a57904a5407d1910
■中東の“石油の国”…超高層ビルや砂漠で人気の観光地
――中東でしょうか、天皇皇后両陛下が歓迎を受けられているシーンですか?
ご結婚の翌々年の1995年、中東3か国訪問でアラブ首長国連邦=UAEを訪問された時のシーンです。政府専用機を降りられた皇太子ご夫妻時代の両陛下を出迎えたのが、当時のアブダビ首長国の皇太子でのちに大統領となる先代のハリーファ前大統領です。
この訪問には私も読売新聞の記者として同行取材していましたが、空港では両陛下は子どもたちから花束を受け取り、温かい歓迎を受けられました。ただ、このハリーファ前大統領は2022年、74歳で亡くなりました。
その後を継いだのが、弟のムハンマド大統領で、2月8日から10日にかけて国賓として来日します。天皇陛下は会見し、宮中晩さん会を開かれる予定です。あまり知られていませんが、UAEの大統領家と日本の皇室は浅からぬ交流があります。
――井上さん、UAEといえば今年の新年のカウントダウンもドバイの盛大な花火の様子がニュースで伝えられましたね。
華やかですよね。ドバイは人工島や超高層のビル群、砂漠などが人気の観光地ですし、日本からもたくさんの観光客が訪れています。
UAEはアラビア半島の東部に位置する北海道ほどの広さの国です。西や南はサウジアラビアと接し、ペルシャ湾とオマーン湾をはさんで北にはイランがあります。人口は、約1千万人です。
国の名に「首長国連邦」とあるように、「アブダビ」「ドバイ」「シャルジャ」など7つの首長国が集まって構成される連邦国家です。約80年に及ぶイギリスの統治を経て1971(昭和46)年に独立した“若い国”です。
各首長は王族の世襲で、最も大きいアブダビの首長が大統領という体制が3代続いています。ドバイをはじめUAEは人気の観光地ですが、日本は輸入原油の約4割をこのUAEに依存しています。
■平成も令和も“3人目の国賓”…ザーイド大統領は大相撲を見てファンに
2月に来日するムハンマド大統領は、アメリカ、ブラジルの大統領に次ぐ、“令和3人目の国賓”になります。実は、父のザーイド大統領も1990(平成2)年に“平成3人目の国賓”として初来日しました。
――同じ3人目なのですね。
偶然でしょうが何か深い縁を感じます。当時の国賓の歓迎式典は元赤坂の迎賓館で行われていました。イスラムの国ですので、歓迎式典は男性ばかり、天皇だった上皇さま、皇太子時代の天皇陛下、海部首相らが出席して行われました。
宮中晩さん会も男性ばかりでした。出席者は66人と通常の半分ほどでした。随員の中に、若きムハンマド大統領も王族の一人として同行していましたし、天皇陛下も晩さん会に出席されました。
上皇さま(当時天皇)
「この度の御訪問によって、アラブ首長国連邦と我が国との友好協力関係が更に増進することを願っております」
この晩さん会は私も取材していましたが、当時のスピーチ交換は食事の前ではなく、食事の中程で行われていました。ザーイド大統領はメモなしでスピーチするということで、上皇さまも晩さん会では初めてメモなしでした。
翌日、上皇さまはザーイド大統領を赤坂御用地に招き、一緒に散策されています。日本を感じてほしいという心配りだったと思います。
大相撲の優勝力士には「アラブ首長国連邦友好杯」としてアラビア的なデザインのコーヒーポットの形をしたトロフィーと、副賞にガソリン1年分が贈られますが、ザーイド大統領も来日時に大相撲を見てファンになったそうです。
またこの時、大統領の寄付で人や文化の交流のため「ザーイド友好基金」が作られ、学生の渡航支援などに生かされています。現地では日本の茶道や柔道なども広く愛好されているそうです。
――歴史をたどってみると、日本とは文化交流もある国なのですね。
今のムハンマド大統領は平成の国賓だったザーイド大統領の三男です。初来日は1989年の昭和天皇の「大喪の礼」で、その後「即位の礼」にも参列しています。2007(平成19)年にはアブダビ皇太子として来日し、天皇だった上皇さまと会見しました。続いて開かれた昼食会には、皇太子時代の陛下も出席されました。
さらに2014(平成26)年には「公賓」として来日しました。UAEは、その3年前の東日本大震災の時、日本に天然ガスを追加で供給してくれましたから、上皇さまは「ご支援いただきありがとう」と謝意を述べ、皇太子は「日本とUAEの関係は特別なもので、今後関係を強化したい」と話しています。
そして来月、6回目の来日となります。
――ムハンマド大統領は皇室にとってなじみのある方なのですね。
一方、日本の皇室のUAE訪問は、冒頭に紹介した1995(平成7)年の皇太子夫妻時代の両陛下の1回だけで、それが日本の皇室の初めての訪問でした。
■アブダビ・アルアイン・ドバイを訪問…伝統のラクダレースもご覧に
両陛下は1995年1月、クウェートに次ぐ2か国目の訪問先として、UAEに3泊されました。アブダビの空港ではハリーファ皇太子が出迎え、皇太子との会見に臨んだ後、両陛下は、ハリーファ皇太子主催の晩さん会に臨まれました。晩さん会はイスラムの慣習に基づき、UAE側から女性の出席者はいませんでした。
翌日は、飛行機で古くからオアシスとして親しまれるアルアインを訪れ、伝統的なラクダレースをご覧になりました。両陛下は観覧席で音楽や踊り、飲み物・食べ物による接待を受けたあと、ラクダレースを観戦されました。
子供達が懸命にむちをふるってラクダが疾走するラクダレースは、アラブならではの伝統文化、“国技”のような位置づけで、それを見ることに重要な意味がありました。
――ここでしか出来ない体験をされて、非常に充実した旅だったのではと考えられますね。
取材席の前を通り過ぎるのは一瞬でしたが、30頭が疾走していく大地の響きといいますか、音は今も耳に残っています。
その後、両陛下は標高1340メートルの高峰ハフィット山の頂上に新しく作られた皇太子宮殿を訪れ、双眼鏡で砂漠やアルアインの町の眺望を楽しまれました。
さらに、新しく作られたスタジアムで、ハリーファ皇太子と共に日本とUAEのサッカー“U―22”の代表チームによる親善試合を観戦されました。
翌日は空路ドバイ入りし、ドバイ運河を船で回られました。当時ドバイにはまだ超高層のビルはなく、“オールドUAE”と言うのでしょうか、湾の中を人を満載した“渡し船”が頻繁に行き来し、砂漠の中を真っ直ぐ貫く道路に〝アラブの国〟を強く感じたものでした。
そしてこの訪問でのハリーファ皇太子はじめUAE側の接遇は、日本への親近感もあってか取材していて“大歓待”だと思いました。
――確かに手厚いもてなしぶりがうかがえますね。
ただ、この訪問は両陛下にとってとても“心の重い旅”でした。
■訪問直前に起きた阪神・淡路大震災…「大変忍びない」思いで出発された両陛下
中東3か国訪問の出発日は、1995年1月20日。それは「阪神・淡路大震災」の3日後でした。出発前日になって行われた記者会見で、両陛下は冒頭に思いを語られました。
天皇陛下(当時皇太子)
「この度の兵庫県南部地震の被害の規模が極めて大きく、また、日を追って被害が甚大であることが判明していることに深く心を痛めております」
皇后さま(当時皇太子妃)
「私も殿下と同じ気持ちでおります。この度突然訪れました大災害に深く心を痛めております」
最後の関連質問で、陛下は「いまだ生き埋めの方々もおられる中で、外国に行くのは大変忍びない気持ちです。一方、皇族の仕事として国際親善もまた大きな仕事であり、こういう状況ではありますが、親善訪問に努めてまいりたい」と述べ、皇后さまも「災害時に国を離れることは『大変忍びない』という言葉がよろしいんでしょうか、そういう気持ちでございます」と、複雑な胸の内を語られました。日に日に被害が拡大していく中でのお言葉です。
――非常に複雑な心中だったことが、この言葉からうかがえますね。
「阪神・淡路大震災」は去年1月17日、発生から30年を迎え、両陛下は神戸の追悼式典に出席されました。その30年前、お二人は複雑な思いを抱えられていたんです。
――そういった時期のご訪問というのは、取りやめや延期ということにはならなかったんでしょうか。
この訪問は、イラクのクウェート侵攻など湾岸情勢の緊迫で過去2回延期され、当時「さすがに3度は延期出来ない」という判断が政府にありました。実際、閣議で決まった非常に重い訪問です。
しかし、結局訪問は最後のヨルダンに入って先方の気遣いもあり、2日切り上げての帰国となりました。この日程変更も閣議を経ています。
帰国の日、陛下は現地での記者会見で「日本を離れて日一日と被害が大きくなっている現状に心を痛めていました」と胸の内を語られています。災害時の海外訪問については「この訪問は前々から懸案となっていたので、約束は皇太子の立場上、果たさなければならないと思っており、その狭間をどう考えていいのか難しかった」と心情を述べられました。
親善訪問は何度も取材しましたが、重苦しい空気に包まれた“沈鬱な旅”はこの時だけです。会見での陛下の「狭間」という言葉は象徴的で、耳に残っています。
――陛下の被災者の方々を思われる気持ちと皇室の務めとの間で本当に胸を痛めていたのではと考えられますね。
笑顔で親善に努めれば努めるほど、日本では「こんな時に」という厳しい視線が向けられ、お二人は日々複雑なお気持ちだったと思います。実際、カメラのない場所では笑顔は影を潜め、沈んでいるように見えました。
お二人には「お見舞いの言葉」が現地で続々と寄せられました。
UAEに到着した時、ハリーファ皇太子は「私自身と国民皆が被害に遭った人とその家族に対し深い悲しみを覚えています」と述べ、懇談の席でも余震が続いていることを心配し、陛下は「温かい心遣いをありがとうございます」と応じられていました。
■2日早まった帰国…災害と向き合い、被災者に心を寄せる“出発点”に
帰国からひと月後、両陛下は「阪神・淡路大震災」の被災地に入り、避難所を訪ねて被災した人たちを見舞われました。それは丁寧なお見舞いでした。
今年は東日本大震災から15年です。両陛下の被災地訪問が調整されていますが、「阪神・淡路大災害」の直後に日本を離れなければならなかった苦い経験は、その後の災害との向き合い、…
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