【戦後80年】沖縄・渡嘉敷島「集団自決」の悲劇、住民330人が犠牲に…語り継ぐ人の思い
【動画の長さ : 04:19】
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日テレNEWS2025-03-29 19:01:271219019

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戦後80年となる今年、私たちは「いまを、戦前にさせない」をテーマにお伝えしています。

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1945年3月末に始まり、激しい地上戦となった沖縄戦では、家族や親戚同士が殺し合う「集団自決」の悲劇も起きました。その生存者は「有事」への備えが進む現状を複雑な思いで見ています。

     ◇

28日、沖縄・慶良間諸島の渡嘉敷島で行われた慰霊祭。この島ではおよそ600人が亡くなりましたが、一般住民に限ると9割近い330人が「集団自決」で犠牲になったとされています。

集団自決の体験者・大城静子さん(91)「いとこは全部全滅(涙)。元気があるまではお参りに来るからね。来年も来られるかね」

沖縄の中でも抜群の透明度を誇る海が人気の渡嘉敷島。80年前、ここは特攻艇の発進基地とされ、爆雷を積んでアメリカ軍の船に体当たり攻撃をする計画があったのです。

しかし1945年3月27日、アメリカ軍が島に上陸。激しい爆撃に追い詰められた住民は軍の陣地に近い山の中に集められました。

あの日、何があったのか。当時6歳だった吉川嘉勝さん(86)。

吉川さん「ここら辺一帯が、ここも含めて自決場ですよね」

島が戦場となったとき、住民らは敵の捕虜にならないよう、自ら「玉砕」することを教えられていました。

吉川さんは長年、その凄惨な体験を語り続けてきました。

吉川さん(2007年 沖縄・宜野湾市)「あちらこちらで手榴弾が爆発するのを記憶しております。瀕死の叫びがあちこちで聞こえました」

肉親が肉親に手をかける、せい惨な「集団自決」の現場。ただ、吉川さんと家族は逃れることができました。それは母親が発した言葉のおかげ…

吉川さん(2007年 沖縄・宜野湾市)「母が叫びました。『勇助(※吉川さんの兄)、手榴弾を捨てなさい。人間は生きられる間は生きよう。死ぬのは、いつでもできる。みんな立ちなさい」

生死を分けたものとは…

吉川さん「主体性というのがね。一人ひとりの。これが非常に大事ではないか。母の生き様を見て思うんですよね」

沖縄県内ではいま、「台湾有事」をにらんで自衛隊の強化が進んでいます。しかし吉川さんには、沖縄戦の開戦前夜と重なって見えています。

吉川さん「どうしてアメリカが渡嘉敷島を爆撃したのか。海上挺身隊っていう兵隊がいたから。そこに基地があったら、まず相手からの攻撃を一番最初に受けるのはそこだと。避難訓練とかやっているが、いったん戦争になったとき、そう簡単にね、船や飛行機でね、隣に逃げるとか、そういう単純なことではないんじゃないか」

吉川さんは小さな島が戦場となったとき何が起きたのか、伝え続けていってほしいと願っています。
(2025年3月29日放送「news every.」より)

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